
お鷹の道と都名湧水
私が住んでいる市のすぐお隣の
東京都国分寺市は自然豊かなエリアで、歴史や自然が融合した魅力的な場所です。
魅力的な場所はいくつかありますが、今回ご紹介するのは、お鷹の道という歴史的な散策路になります。
歴史的な背景として、江戸時代、将軍家(尾張徳川家)の鷹狩りに使われた御鷹場に指定されていたことから、「お鷹の道」と名付けられたそうです。
道は、湧水が豊富な「武蔵野台地」の一部を流れる野川の上流沿いにあり、その清流沿いの小径約350メートルが遊歩道として整備されていて四季折々の散策やハイキングができるコースとなりとても人気があります。
子どもとたまに散歩にいくのですが、透明な水が滾々と湧き出ていて、木々の緑やその景色に心が癒されます。


まだ未体験ですが、夏場にはホタルがみられたり、秋は紅葉が楽しめたりなど、東京都という感覚を忘れさせてくれるどこか懐かしい雰囲気のあるスポットです。
その近くには、真姿の池湧水があり、こちらは昭和60年に環境省選定名水百選のひとつに選ばれ、また東京都の名湧水57選にも入っています。
池の西側に位置する国分寺には「医王山縁起」というお寺の縁起が残されており、それによると、嘉祥元年(西暦848年)不治の病の苦しんだ玉造小町が、病気平癒のために国分寺を訪れて21日間薬師如来を参拝しました。
すると一人の童子が現れ、小町を池のほとりの案内し、この池の水で洗い清めるようにと言ってすぐに姿を消しました。小町が身を清めると、いつの日か病は癒え、元の姿(真姿)に戻ったという言い伝えから「真姿の池」と呼ばれるようになったそうです。
現在では、薬師如来ではなく、弁財天が祀られているそうです。


また、我が家からの散歩道の途中にも「姿見の池」という国分寺市の名水100選にも選ばれている湧水池があります。
地下水が湧き出ており、その水は非常に澄んでいて、池の底がみえるほどです。
行くといつもカルガモの親子が優雅に泳いでいたり、色とりどりの鯉を見ることができます。
この池にもちゃんと由来がありまして、鎌倉時代、恋ヶ窪が鎌倉街道の宿場町であった頃、遊女達が朝な夕なに自らの姿を映して見ていたという言い伝えによります。また、この池は「一葉松:ひとはまつ:」の伝承の中にも登場します。
源平争乱の頃、遊女の夙妻太夫(あさづまたゆう)と坂東武者で名将といわれた畠山重忠(はたけやまのしげただ)とが恋に落ちました。
ところが太夫に熱をあげるもう一人の男がいて、その男は重忠が平家との西国の戦で討ち死にしたと嘘をつき、あきらめさせようとしましたが、深く悲しんだ太夫は姿見の池に身を投げてしまったと言い伝えられています。
恋ヶ窪という地名の由来のひとつとも言われているそうです。知らなかった…
更に時代が下って、江戸時代に描かれた「江戸名所図絵:えどめいしょずえ:」に、このあたりの風景が道興准后(みちおきじゅごう)の歌を添えて登場しますが、その中に姿見の池らしきものが描かれています。
このような伝承に彩られた姿見の池は、昭和四十年代に埋め立てられましたが、平成十年度、環境庁及び東京都の井戸・湧水復活再生事業費補助を受け、昔の池をイメージして整備し直したそうです。
一度埋めたのに、また掘り起こした池だったとは汗
記事を書くまで知らない事実でした。
それにしても今でもきれいな水が湧いていて、とても綺麗なところなので、おすすめの場所です。