時代劇でお馴染みの南町奉行所跡地

仕事帰りに何気なく有楽町駅前を歩いているとふと目に入った石碑があった。なんだろうと近づいて見てみるとそこには「東京都指定旧跡 南町奉行所跡」と刻まれていた。南町奉行所といえば時代劇でお馴染みの「大岡越前」を思い浮かべる方々も少なくないはず。私は子供の頃、TBSテレビのナショナル劇場で「水戸黄門」「江戸を斬る」そして「大岡越前」をよく観ていた。
「大岡越前」はナショナル劇場の中でも正統派?で、真面目に作られた時代劇ドラマの印象が強い。オープニングの曲などとてももの悲しげで子供心にちょっと怖さもあった。話の内容も時代劇として当時の娯楽としてはとてもよくできていたと思う。私が特に印象に残った作品の中に「三方一両損」という話がある。まぁ、この話は南町奉行の大岡越前守忠相が、お白州(おしらす)で繰り広げられる「大岡裁き」ではお馴染みの一つです。(興味のある方は「三方一両損」を検索。)実際の史実でこのようなお裁きの記録はなくフィクションで古典落語の演目の一つです。

さて、石碑に話を戻すと、場所はJR有楽町駅中央口前広場にあります。南町奉行所は、江戸時代の宝永4年(1707年)に常盤橋御門内から数寄屋橋御門内に移転し、幕末まで数寄屋橋御門内、現在の有楽町駅および東側街区一帯にありました。なんでも平成17年の発掘調査で、奉行所表門に面した下水溝や役所内に設けられた井戸、土蔵などが発見されたそう。また、「大岡越前守屋敷」と墨書きされた荷札も出土したそうで、歴史的にも貴重なものが発掘されています。石碑の左側には石組下水溝を再現した石垣があります。今では外国人や若いカップルの待ち合わせ場所?として腰掛ベンチのような使われ方をしています。有楽町イトシアプラザの地下広場には穴蔵(地下室)が復元展示されていて、穴蔵の両脇の木製ベンチは木樋(江戸時代の水道管)を再利用したものらしい。ここに座っている人たちは果たして、江戸時代の水道管に座っていると何人の人が認識しているのやら〜。そんな有楽町駅の中央口広場はかつて、南町奉行所があった場所とは・・・想像もできませんが歴史のロマンを感じとる名残を垣間見ることができます。ちなみに「東山の金さん」でお馴染みの北町奉行所は、現在のJR東京駅八重洲口付近にあったそうです。皆さんも江戸時代の町奉行所巡りをしてみてはいかがでしょうか?

最後に、「東京都指定旧跡 南町奉行所跡」と刻まれた石碑ですが、なんと、近くで見るとその物体は石ではなく、消火栓か配電盤か何かの金属製の箱の表面に、南町奉行所跡と文字が大理石に彫られたように見せるプリントされたシートが貼ってあるものでした。南町奉行所跡の石碑?にしてはなんとも貧相な、なんでこうなったのか疑問です。個人的には本物の石碑を建立してあげたいのですが〜 あの世で大岡越前守忠相が笑っていますよ。   

有楽町駅前広場に何かの石碑が! 
東京都指定旧跡 南町奉行所跡
地下広場には穴蔵が復元展示
江戸時代の水道管を再利用したベンチ
石碑ではなく石碑もどきでした!

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Y.K.
Y.K.
神奈川県横浜市生まれの生粋の浜っ子。初老を迎えたゴルフ大好き人間です!
あと何年ゴルフができるか?
飛距離の維持と技術向上、競技ゴルフ出場を目指し、日々奮闘中。
他の趣味:庭いじり、声を出して歌う事、野球観戦・・・など。

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