VRとしての読書

本を読むことは好きなのですが、読むのがとても遅いのです。もちろん、短めの小説なら1日で読むということもありますが、大体が遅いのです。

大好きな小説の一つ、カズオ・イシグロの「日の名残り」は読み終わるまでに4年近くはかかったと思います。最初の数十ページを読んでは、なんとなく本を置く。そして数ヶ月後、または1年位が経ったころ「あの話、どうなったんだろう?」と思い出して、また読み始める。内容もおぼろげなため、また最初から読み始めます。そのため、物語は遅々として進みません。全く進みません。ずっと同じ場面ばかりです。最初しか読んでないんですからあたり前です。
でもあるとき、この読み方ってとても贅沢なのではと思い、意図的にゆっくり読むようになっていきました。

物語のあらすじとしては、屋敷に仕えているベテラン執事のスティーブンスが主人公です。ある日、休暇をもらえることになり、主人の車を借りて旅へ出ることになります。普通のペースで読んでいれば、良きタイミングで老執事は旅に出ることになるのですが、なかなか屋敷を出て行かず物語は進みません。ずっと屋敷にいます。それはそうです。最初の部分だけ読んでいるのですから。

読み進めては本を閉じる。時間をおいて少し戻ってまた読みはじめる。半分位まで進んだところで、また初めから読み直す。このような工程を繰り返します。そうすると、不思議と自分の頭の中で世界が立ち上がってくるのです。作品の空気が出来上がってくるというか、身体になじんできます。物語の中に入っていくといった感覚が近いかもしれません。屋敷の形はきっとこんな感じで、椅子はこういうデザイン、陽の光はこちらの方向から部屋に向かって射している。本棚の高さはこのくらいで・・というような映像がだんだんと見えてくるのです。 とても不思議な感覚なので、説明するのは難しいのですが、興味のある方はぜひ試していただければと思います。

旅に出た執事はある目的があるのですが、旅の途中で、いろいろな出会いがあります。そして、物語の最後、主人公はベンチに座ってあるものを見ることになりますが、それは、わたしが現実に見てきたもの以上に美しい光景でした。
こんな風に感じられたのもきっと長い時間をかけてゆっくりと読み続けていたからでしょう。

時間も気にせず、何年もかけて一冊の本を読むことって、とても素敵で贅沢なことです。あなたにとっての大事な一冊が見つかることを願っています。そして、その本をゆっくりと味わいながら読んでいただければ嬉しいです。

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MA
MA
”日常を少し違った視点で見てみる”をテーマに
自分の周囲、半径5メートル位にあるものなどについて書いています。
音楽やアート、文学が好きなグラフィックデザイナー。

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